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センター街の街づくり

アートストリート構想

神戸三宮センター街2丁目商店街振興組合理事長 久利計一

現職の組合専務理事を失い、各店の社員、御縁に繋がるお客様にも大きな打撃、試練を与えましたあの大震災から10年、今年のルミナリエは肩と肩が触れ合うという表現がふさわしい程の賑わいをみせるまでに三宮センター街は復興して参りました。私たちの街が遅々たる歩みではありますが今日に至ることができました第一の要因は、被災当日、直ちに1,2、3丁目からなる自警団を組織し、昼夜24時間の警備体制に入ったことが挙げられると思います。平素の各丁の組織の意思疎通が充分に図られていたため、夜は若い者が、昼は年配の者が防犯、問い合わせ、食品の確保、諸手続きへの相談等々の対応にあたりました。三宮センター街は戦後新しく焼け跡の中から形成されて来た神戸の中でも比較的新しい商店街であった事も力になりました。戦災復興の第一線に立ち街を造られてきた第1世代の方々の経験、知識と、育ちつつあった第2世代の人達との行動力、発想がうまく補完しあったと思います。

震災復興、街創りの第一歩として私達は震災で発見された鴨居玲さんの「フェニックス」の作品を巨大なタペストリーと、ステッカーに仕上げ、直後に制作致しましたものには「甦れ神戸」を、1ヶ月後に再び作成致しましたものには「甦れ神戸、輝く街へ」と、祈るような想いの文字を添えました。そのステッカーは各店舗、近隣の方々、お客様にお渡し致しましたが、文字通り各方面から飛ぶように希望があり、センター街の各ウインドウは勿論、市中で出会う車のトランク、あるいはヘルメットに貼られ、優れた作品が与える力の大きさを実感しました。その実感が今街が進めています「アートストリート」構想に継り、街創りを考える上での強い背骨となっています。震災一年目の追悼式典で桑原巨守先生の「讃太陽」像を、2000年1月1日午前0時に吉田隆先生の「未来へ行く者達へ」、2001年1月1日午前0時、21世紀を歩み始めたその瞬間に「水のある星」、2001年7月7日地下鉄海岸線開通の日に桑原先生の「花の少女」を、後にアートスクエアーと名付けました三宮センター街と生田筋がクロスする場所に除幕、設置致しました。そしてその下にはそれぞれの思い出の作品が陶筥に納められ、特に讃太陽像の下にはこの震災で犠牲になられた方々のお名前が収められています。

▼街づくりコンテンツ

アートストリート構想

「神戸の街衆」として

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